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ブログ - 宗教法人東京あがないルーテル福音キリスト教会

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仕える喜び #10

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年08月04日(火)

仕える妻

2世代前のアメリカでは結婚した女性は、例えばミセス・ジョン=スミス(Mrs. John Smith) のように男性の名前にミセスを付けて呼ばれていました。1世代前にはそれが変わって妻の名前にミセスを付けてミセス・ジュディー=スミス(Mrs. Judy=Smith)と呼ばれるようになりました。その後には女性が結婚後も旧姓を名乗るようになりました。そして最新のトレンドでは結婚という面倒な手続きはせず、一緒に住むだけとなっています。

こうした時代において結婚制度というものは、古めかしい制度、悪く言えば奴隷制度のようだと思われるでしょう。「妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい」(エペソ人への手紙5章22節)。このような言葉を聞くと、最近の人たちはびっくりします。

そうです。神は本当にこのように命じておられるのです。それは三位一体の神が封建的だということではありません。神は結婚を、優雅なダンスを踊る時のように、優美に機能するように定められたのです。まず夫が親切に優しくリードし、妻が愛情深く献身的にそのリードに身を任せ、夫をサポートするのです。

それは男性が女性よりも賢く、大切だからそうするのではありません。妻の皆さん、あなたが夫に従うのは、夫のためだけではありません。「あなたは主イエスに従っている」と思って夫に従うのです。イエスはあなたに嘘をつきません。イエスは決してあなたを傷つけることはありません。覚えておきましょう。私たちは、人に仕えられる時ではなく、人に仕える時にこそ喜びを感じるのです。

(Time of Grace 仕える喜び マーク・ジェスキー著 MLP Tokyo訳 より)

仕える喜び #9

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年08月03日(月)

お互いに仕え合う

私は最近、中国についての記事を読みました。それは、長年の一人っ子政策によって甘やかされた自己中心的な世代が創り出されてしまったことに中国の指導者たちが気づき始めた、というものでした。確かに兄弟姉妹がいた方が人は謙虚になるという考え方には一理あります。

先日、私の家族や親せきが集まった時、、お互いの恥ずかしい写真や動画を見せあい、大いに盛り上がりました。親戚が私の恥ずかしい写真を見て一緒に笑っていたのは、単純に面白かったからで、私をバカにしていたからではないことを願います。

少し謙虚になることは悪いことではありません。サタンは、私たちの自己中心的な思いをふくらませようと常に働いています。ですから自分のエゴを小さくして、他人を尊重するのは良いことなのです。使徒パウロは次のように書きました。「キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい」(エペソ人への手紙5章21節)。

相手をほめたり、なぐさめたり、世話をする訓練をするのに家庭はとても良い場所です。家庭は自分以外の人を自分よりも大切に扱う練習をするのに最適です。自分の心を広げて身近な人の生活をよりよくするために奉仕するのです。もしあなたが自分の両親、兄弟、子どもを無条件で愛せなければ、おそらく他の誰をも愛することはできないでしょう。

どうしてそんなに大変なことをするのか、ですって?もちろん、救い主イエスへの感謝と尊敬を表わすためです。

(Time of Grace 仕える喜び マーク・ジェスキー著 MLP Tokyo訳 より)

仕える喜び #8

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年07月30日(木)

2. 私の家族

イエスが喜んで私たちに仕えてくださった、というのは美しい事実です。でも話はそこで終わりません。イエスは、将来あなたを天国につれて行くだけではなく、「今」あなたがイエスに似た者になるよう助け、人々の役に立つ存在になるように変えてくださいます。

仕えることに喜びを見出すことは、家庭以外ではなかなか身に付きません。大抵、人は外では気取ったり、見返りを得ようとしたり、虚勢を張ったりします。喜んで人に仕える姿は映画などでもあまり好意的に取り上げられません。私たちがほめたたえがちな人の外面的な美しさや強さは、自己中心的なものが多いと思いませんか。

仕える態度はどこで教えられ、身に付けられるのでしょうか。それは、なんといっても家庭です。父親を尊敬できなければ、おそらく上司も尊敬できないでしょう。まず母親に仕えることを学ばなければ、おそらく人によく仕えることはできないでしょう。両親が家庭で子どもに「仕える喜び」を教えるのが早ければ早いほど、イエスのように喜んで人に仕える子どもになります。

 

(Time of Grace 仕える喜び マーク・ジェスキー著 MLP Tokyo訳 より)

仕える喜び #7

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年07月29日(水)

神と人間の和解

                                                         

「あのティラミスは死ぬほど美味しい」「あの子の世話は死ぬほど手がかかる」「恥ずかし過ぎて死にたい」など、私たちが普段の生活の中で、「死ぬ」という言葉を何気なく使っていると気が付いたことはありませんか。

イエスが十字架にかかって死なれたのは、死ぬほど美味しかったからでも、手がかかったからでも、恥ずかしすぎたからでもありません。最近ニュースでよく耳にする自爆テロの犯人のように、悪意に満ちた心で自分の命を投げ出したのでもありません。イエスは、罪を犯した全人類を死から救い、永遠の命を与えようとなさったのです。その目的を達成するために、ご自身が敵によって痛めつけられ、殺されることをお許しになりました。

「そういうわけで、神のことについて、あわれみ深い、忠実な大祭司となるため、主はすべての点で兄弟たちと同じようにならなければなりませんでした。それは民の罪のために、なだめがなされるためなのです」(へブル人への手紙2章17節)。

イエスがへりくだって人間としてお生まれになったのは、その体を私たちに与えて私たちを救うためだったのです。イエスの血によるあがないは、もうあなたのものです。つまり、神とあなたはもはや敵同士ではなく、イエスのおかげで和解し、神の子どもになることができたのです。これは素晴らしいことです。

(Time of Grace 仕える喜び マーク・ジェスキー著 MLP Tokyo訳 より)

 

仕える喜び #6

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年07月28日(火)

仕える態度

 

私は、とても重い病気にかかっている女性と一緒に祈ってきました。病院の廊下で、その女性の息子としばらく話をしました。私は彼に言いました。「ジョン、お母さんはとても重い病気なのだから、しばらくは君が家の掃除や食事の支度をしなくてはいけないよ」。すると彼は頭を振って、「そんなことをするのは僕らしくない」と言って断ったのです。

私たちはみな、もてなしを受けるのが好きです。特別扱いされて当たり前だと思いがちです。私たちが周りの人のために喜んで何かをしてあげるのは、本心からかけ離れた考えです。他人に仕えるというのは「自分らしくない」のです。それは後から学んで身に付ける態度です。その態度を一生学ばない人もいるのです。

イエスご自身は私たちのヒーローです。イエスはある時おっしゃいました「人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためであるのと同じです」(マタイの福音書20章28節)。全能の主なる神が他の人のためになることに満足を感じておられるなら、私も同じように満足を感じられるのではないでしょうか。与えることで喜びを見出すのです。それこそ、イエスの生き方ではありませんか?与えることで何かを得るのです。

(Time of Grace 仕える喜び マーク・ジェスキー著 MLP Tokyo訳 より)

仕える喜び #5

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年07月27日(月)

誘惑をお受けになった

救い主イエスが私を救い、愛してくださっているということは、私が弱い時でも、イエスは私を嫌わずにいてくださるということを示しています。イエスは私の罪を嫌い、罪に対する責任は問いますが、私を嫌うことはないのです。なぜかというと、イエスご自身も悪魔の誘惑と闘わなくてはならなかったからです。正しいことをするのがどんなに難しいか、イエスもよくご存じなのです。

「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです」(へブル人への手紙4章15節)。

考えてみてください。イエスは、サタンの巧みな試みを受けるほどに、私たちを愛してくださいました。イエスは一度も悪魔に屈しなかったのです。イエスが一度も誘惑に負けず、神の律法を全て守ったという事実こそが、十字架上での犠牲を完全なものにしたのです。

悪魔との苦しい戦いの経験により、イエスは私たちに対してあわれみを持つようになられました。「主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです」(へブル人への手紙2章18節)。

あなたの今の弱点はなんですか。あなたが悪魔からの誘惑に打ち勝つために、今日イエスに助けて頂きたいことは何でしょうか。

 

Time of Grace 仕える喜び マーク・ジェスキー著 MLP Tokyo訳 より

仕える喜び #4

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年07月24日(金)

律法の下に生まれる

法廷で、被告人に対して最初に行われることは罪状認否です。被告人に対する正式な起訴内容がここで提示されます。

聖書は、今までに生きた全ての人間が神の法廷に立たなくてはならない、と繰り返し教えています。神の聖なる情状酌量がなければ私たちへの判決は全て同じです。裁き主であり、この世の創り主である神には、全ての人間に対する聖(きよ)い義の基準があります。神の律法、つまり神の御心は、聖書によって全ての人に知らされています。全ての人間がその戒めを破りました。ですから、人類は一人残らず有罪なのです。

                                          

イエスが誕生し、罪のない人生を送り、私たちの身代わりとして死んでくださったからこそ、有罪だった私たちは神の前で無罪となりました。イエスは私たちと同じ人となって神の戒めに従順に従い、この世の罪の呪いの下で生きてくださいました。「しかし定めの時が来たので、神はご自分の御子を遣わし、この方を、女から生まれた者、また律法の下にある者となさいました。これは律法の下にある者を贖い出すためで、その結果、私たちが子としての身分を受けるようになるためです」(ガラテヤ人への手紙4章4,5節)。

なんという恵み深い謙遜な行為でしょうか。父なる神と共にこの世の初めから存在し、この全宇宙をお造りになった神なるイエスが、私たちに永遠の命を与えるというたった一つの目的のために死にまで従ってくださったのです。イエスへの信仰によって、あなたはイエスの聖さを自分の聖さとすることができます。信仰によってあなたは聖いのです。

Time of Grace 仕える喜び (マーク・ジェスキー著 MLPTokyo訳)より

仕える喜び #3

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年07月23日(木)

馬小屋でお生れになった

私は今朝、出産した知人の女性が入院している地元の病院を訪ねて、とても驚きました。なんという快適な場所でしょうか。心安らぐ音楽や照明、気配りの上手な看護師、経験豊かな産婦人科医、どんな状況にも対応できる最新の電子機器がそろい、子どもを産むために最適な環境が整っていたのです。新しく生まれた赤ちゃん一人ひとりのために手作りの帽子と靴下が用意され、その上食事がとても美味しいのです。

神であるイエスがこの地上に人の子としてお生まれになった時には、このような素晴らしい環境ではありませんでした。そこは、みすぼらしい馬小屋でした。人のためにすら作られていない場所で、イエスは人間としての一生を始められたのです。イエスを身ごもっていたマリヤと夫のヨセフはまだ子どもの誕生を予想していなかったようで、手作りの靴下も毛布も持ち合わせていませんでした。

「ところが、彼らがそこにいる間に、マリヤは月が満ちて、男子の初子を産んだ。それで、布にくるんで、飼葉おけに寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」(ルカの福音書2章6~7節)。

イエスのこのような謙虚な誕生は、父なる神によって計画されたものでした。これはイエスがこの世に遣わされた目的が強く現れています。イエスは私たち人間の生活すべてを経験するために来られました。イエスは私たちと共に苦しみ、私たちのために苦しむために来られました。イエスが馬小屋でお生まれなったのは、私たちが天国の素晴らしい住まいで永遠に生き続けることができるためなのです。

 

Time of Grace 仕える喜び(マーク・ジェスキー著 MLP Tokyo訳)より

仕える喜び #2

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年07月22日(水)

1.私の救い主

聖書に書かれた話の中で子どもが最初に好きになるのは、イエスの行なった力強い、素晴らしい奇跡ではないでしょうか。イエスは海を支配し、嵐を静め、病気を癒し、悪魔に打ち勝ち、死者をよみがえらせました。イエスにできないことは一つもありません。イエスはバットマンやスーパーマンよりもすばらしい、スーパーヒーローなのです。

しかし、子どもたちが少し大きくなって、イエスをもっと知るようになると、イエスの謙虚に仕える態度をより深く理解するようになります。イエスは十字架にかかる数時間前に、人々に仕えるリーダーとなる大切さを弟子たちに教えられました。それはとても心に残る行ないでした。

イエスは弟子一人ひとりの前でひざまずき、たらいに水を入れ、手ぬぐいを取って彼らの足を洗ったのです。イエスは私たちに仕え、私たちのために十字架上で苦しみ、私たちを救ってくださいました。この謙虚に仕える姿は、私たちが毎日どのような態度で生活したら良いかを教えています。

仕える喜び #1

カテゴリ: 今日のみことば 公開日:2020年07月21日(火)

仕える喜び

はじめに

「自分は人の下で働きたくないので社長になりたい。」という思いが何万人という人々を起業へと駆り立ててきました。こうした欲望は悪いものではありません。多くの、いわゆる「普通」のアメリカ人が、このような思いを抱いて自宅の地下室やガレージで新しい商品を開発したり、サービスを提供したりして、会社を起こしました。

しかし実際のところ、会社の経営者であったとしても上司は存在します。それは自分の顧客です。お客様を満足させなければ、会社はつぶれてしまうのです。

                                                                                                    

人に仕えること。それは、何でも自由にできるほどお金持ちになるまで、我慢してやらなければいけないことなのでしょうか。いいえ、違います。私たちが人に仕えることは、神が私たちに求めておられることです。神は、神を信じるすべての人が仕える態度を身に付けることを望んでおられます。これは裕福な人、貧しい人、身分の高い人、低い人、全てです。それは今も、後も、永久に変わりません。

喜んで人に仕えることは後から学んで身に付けるものです。それは簡単なことではありません。少なくとも私には仕える訓練が必要です。あなたも訓練ができるように、私は毎日ひとつずつ読み進められるデボーションを書きました。

「あなたがたの間では、そうではありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、あなたがたのしもべになりなさい」(マタイの福音書20章26~27節)。イエスはこのようにおっしゃっています。

牧師 マーク・ジェスキ―

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